嵯峨野線複線化工事の進捗状況 part4-2

前記事の続編です。

⑥亀岡~並河
亀岡駅を後にすると、右(東?北?)側に複線化のための用地が見えます。
しかし、右側に見えるのもつかの間で、少し走ると新線の路盤は既設の線路の左(西)側に望めるようになります。
新線は、概して路盤のみ完成しているといった状態です。
ただ、一部には既にレールが敷設されている区間があるかと思えば、高架区間においては高架橋すら未完成であったりします。
さらに一部の区間は、レールの敷設が始まっているのかと思いきや、枕木まで汚れていることから実は旧線であることが分かるという状態です。
新線への切り替えは完了したものの、旧線の撤去は完全には終わっていない、ということでしょう。



⑦並河~千代川
namikawa-chiyokawa
↑同区間においても、用地は左(西)側に確保されています。というより、左には新線に付け替えられる前に使用されていた旧線が存在します。旧線の撤去作業は全然進んでおらず、架線が取り外されている区間はほぼ皆無でした



⑧千代川~八木
chiyokawa
↑千代川駅を出た直後は、線路の周囲に住宅が建て込んでいるため、既設の線路の左右両側に用地を確保するという特殊な形態がとられているようです。しかしすぐに用地は左(西)側のみとなります。

chiyokawa-yagi
↑最初、用地には運び込まれて雑然と置かれた枕木が見えます。しかし少し走ると、新線のレールが敷設された区間を行くようになります。

mamonaku-yagi
↑さらにしばらく走ると、今度は古いレールが視界に映ります

2面3線の八木駅には、2つの相対式ホームおよびそれらに接する線路、そして木製の枕木の上にレールが敷かれた中線がありました。
中線は旧線でしょうか……。
とすれば、同駅はホーム位置の変更まで行ったことになりますが、どうなのでしょう。



⑨八木~吉富
yagi-yoshitomi
↑この区間においては、終始左(西)側に新線とおぼしき線路が見えます。ただ、明らかに劣化した枕木もごく少数ながら使用されているため、新線であるとの断言は避けておきます。新線であると仮定して話を進めますが、架線関連の工事以外は完了した模様です。架線も途中からは張られており、架線工事の進捗率は4割といったところです。近く新線に切り替えられ、右(東)側の旧線は撤去されて新たな線路の敷設が始まるのでしょう



⑩吉富~園部
yoshitomi-sonobe
↑⑨とほぼ同じ状況なので割愛させていただきま……
いやまて、同区間はつい最近、2008年12月7日に新線に切り替えられたはずだ。嵯峨野線内の駅にもその旨を述べたポスターが掲示されていた。なのに旧線を走行している……。何故だ

まいっか。
この疑問が解かれないと夜も安心して眠れない! という方は是非ご自分で調査してみて下さい(←手抜きwww)



書いた人:Mr.遅れ(54期 高1 今日から16歳@わしももう歳じゃ)
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嵯峨野線複線化工事の進捗状況 part4-1

複線化工事の取材をしてきました。
取材といっても、京都~園部間を往復しただけですが……
ともかく、そのリポートです。
記憶違いを平然と綴っている可能性がありますので、誤りを発見されましたら是非ご指摘下さい。
なお、文中では全て京都側を手前として扱っています。





①京都~丹波口
京都駅のホームを出てから1km地点までは複線化されません。
南側には東海道線の上り外側線があり、北側には道路があるので、用地の取得が著しく困難であるためです。
しかし、その線路は下りの「はるか」も通る線路です。
将来的にダイヤ上のネックとなることは確定的です。
kyoto-tambaguchi
↑1km地点のあたりで、線路が分かれて複線となります

軌道の敷設はほぼ完了している新線を左(南側というか西側というか)に見ながら列車は走ります。
ただ、レールとレールとの間隔が若干ずれていたのか、一度固定されたレールが再び外されている区間も一部にはありましたが。



②丹波口~二条
丹波口を出ると、すぐに下り線と上り線が合流します。
tambaguchi
↑上り線は直線で、下り線には45km/hの制限がかかります

tambaguchi-nijo
↑同区間においても、既設の線路の西側に新線が敷設されます。全区間が高架となりますが、高架橋はほぼ完成といってよいでしょう。残るは京福電鉄の線路を跨ぐ区間のみです。

現在は、高架橋の上に何やら機械が搬入され、新線と既設の線路との間の壁が順次撤去されています。
また、高架橋上に少しずつ資材も搬入されているようです。
nijo
↑二条駅の手前では、既設の線路が左に、続いて右に曲がります。その影響で、新線も二条駅の手前だけは右側(東側)に敷設されます。とりあえずレールと枕木とを固定してみたという段階です。



二条~花園間は、2000年に複線化されました。

③花園~太秦間
花園駅を出た直後にポイントがあり、上下線が合流します。下り線が直線です。
hanazono
↑勾配を上って再び高架となり、今年(2008年)3月に高架化された単線の線路を行きます。以前は、現在の線路の右側(北側)に地上の線路がありました。その南側にまずは高架の単線を敷設し(つまり現在の線路)、その後地上線を撤去してそこに高架線が建設されます。高架化と複線化を同時に行うために上記のような形態がとられました

hanazono-uzumasa
↑その地上線の撤去は完了しており、既に高架橋の建設が始まっています。高架橋の完成率は5割~6割といったところです

uzumasa
↑太秦駅は地上にあります。副本線から手前側に直進している錆びついた線路は旧線(地上線)で、この線路は複線化後に再び使用されるのでしょう



④太秦~嵯峨嵐山間
太秦駅を出た列車は、しばらく工事現場を右(北)に見ながら地上を走ります。
uzumasa-saga
↑しかし、そのうち高架線を行くようになります。右(北)に敷設される新線も高架であると思われますが、高架橋の進捗率は1割に満たないといえます。

saga
↑嵯峨嵐山駅構内です。複線化に伴って配線の変更が行われます。かつては2面3線で、上り線と下り線とが55km/h、65km/hの制限がかかる振分分岐器によって分岐した後、待避線と本線とが分かれるという配線でした。現在も2面3線ではありますが、振分分岐器は撤去されました。下り線は直進し、上り線は45km/hの制限を受けるという構造になっています。複線化されれば、新線と上本線とが直線(ないしは直線に限りなく近い線形)で結ばれるのでしょう。なお、現在は下り待避線を敷設する工事が行われています。これが完成した暁には、複線における2面4線という、ありきたりの配線となります



嵯峨嵐山~馬堀間は、1989年、トンネル新線の開通とともに複線化されました。

⑤馬堀~亀岡間
同区間は、本日(2008年12月14日)複線化された区間です。この区間のために本日出かけてきました。
umahori
↑ブレているように見えるのは目の錯覚です。以前は、馬堀駅から200mほどの地点(つまり画像の地点)で、上り線が45km/hの制限を受けて下り線に合流していました。当時使用されていた分岐器の一部が残されており、画像の中にも見てとれることと思います。この地点より、新線が上り線として使用されることとなります。



疲れてきたので、亀岡以北は次回とします。悪しからず。


書いた人:Mr.遅れ(54期 高1)
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